ばんからさんが通る。

Bankara is attitude. Not style.

軽巡洋艦 多摩について。

おはようございます。

 

この記事は前回の

http://bankara3.hatenablog.jp/entry/2018/03/26/224611御先祖様を追いかけて。海軍篇

の、続きになっております。

詳しく読みたい方はそちらもご覧ください。

 

 

まず現代っ子(?)の私は、図書館よりもネットです。

 

そこで、軽巡洋艦多摩の慰霊祭が行われているというニュース記事を発見しました。

 

 

【年末記者ノート】軍艦「多摩」沈没から70年で初の慰霊祭 薄れる戦争の記憶

http://www.sankei.com/smp/premium/news/141230/prm1412300021-s.html

 

軍艦多摩、安らかに 大国魂神社の慰霊祭に100人参列

http://www.sankei.com/smp/region/news/171026/rgn1710260059-s1.html

 

府中市大国魂神社で、毎年慰霊祭が行われているようです。

ありがたいことです。

 

府中といえば東京競馬場ですね。

 

このニュース記事の内容からだと、当時の乗組員は1割程度しか見つかっていないということになるので、

 

 

私は、大国魂神社へ行ってみることにしました。

 

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ちょうど境内の枝垂れ桜が見頃を迎えておりました。

平日なのに、なんか賑やか。お宮参りか何かか、子供を連れた参拝者がチラホラ。

 

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「多摩」といえば、艦これの多摩は髪がちょうどこんなピンク色!笑

 

 

なんとなく人のいそうな場所を探し(?)、社務所を探して社務所へ。

しばらくして担当の方にお越しいただき、とりあえず現在の時点で私の持っている情報を提供させていただきました。

 

その後、いくつか私のほうも資料をいただき、

今後の調査に役に立つであろう情報もいただくことができました。

 

突然来て申し訳無かったかなと思いながらでしたが、丁寧に対応してもらって本当に感謝でした…

 

今年はまた新たに見つかった乗組員は、他に1名いらしたようです。

今後の進展を願いつつ、私も頑張って調査していこうと気合いを入れ直した1日でした。

 

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御先祖様を追いかけて。海軍篇

おはようございます。

 

 

昨年に調査依頼を出した厚生労働省から1月の終わりに封書の返信がありました。

 

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きっかけは戸籍謄本です。

最初は何代前まで遡ることができるのかだけを目的に取り寄せた戸籍でしたが、

細かく見ていくうちに発見した「横須賀」の文字

さらに細かく見ていくと

「戦死」の文字と日付

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 その日付から「レイテ沖海戦」「捷号作戦」だろうということは明らかでした。

 

 

 

 ただし、レイテにはかなりの数の艦艇が出撃していた為、

搭乗艦など細かな情報は、やはり厚生労働省の調査書類が届くまでは、完全に突き止めることはできませんでした。

 

 

 

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軽巡洋艦多摩の乗組員でした。

 

 

届いた軍歴簿の写しから経歴を見てみます。

 

 

横須賀の第二海兵団(現在の海上自衛隊武山教育隊)に入隊、久里浜の通信学校を出ております。

第65期普通科電信課程とあります。

詳しいことはわかりません。当時の船乗りの通信はモールス?とか漁船みたいにソナーみたいな電探の技術もあったのでしょうか?

一概に通信といっても何を専門にしていたのかまではここからは読み取れません。

 

この、65期の久里浜の同期会?のようなものが、関西のほうで10年ほど前までは存在していたそうなのですが、現在はわかりません。

このような戦時中の同期会は、全国各地に存在しているはずなのですが、最近は会員の高齢化も進み、閉会されることが多くなっているようです。

ちなみに久里浜には現在も陸上自衛隊の通信学校があります。

 

 

さて、巡洋艦多摩ですが、

 

レイテ沖海戦後半では、

攻撃を受けてそこそこの速度しか出せず、修理の為沖縄に向かう多摩を単独で航行させるのは危険だとわかっていても、

他の艦もかなりの損害を受けており、

護衛に付けられる艦がなかったようです。

その途中ですれ違った日本の艦が多摩を確認したのを最後に消息は途絶え、

誰も多摩の最期を知る者はおらず、
また、艦長以下数百名は誰一人として生きて帰りませんでした。

 

10月25日夜の11時、日付けが変わる前頃に米軍の潜水艦が発射した魚雷にあたり、艦が2つに折れて轟沈したというのは、戦後、米軍の資料から明らかになった情報のようでした。

昭和20年3月の時点で戸籍に記載されている情報が、「時刻不詳」なのは、このような理由からだとわかります。

 

私の御先祖様の直系の親族たちも、

(この方は私の母方の祖母の、父方のいとこで、私とは※6親等の方です。祖母は昭和16年生まれなので、当時3歳)

 

 

戦後このことについて語ることもなかったそうで、祖母をはじめ私の親族は、全く知らなかったそうです。

 

 

私が調べなければ家族が知ることがなかっただろう若くして戦死された御先祖様と、南太平洋に沈んでいる軽巡洋艦多摩について、もう少し調べてみようと思いました。

 

 

※以前の記事http://bankara3.hatenablog.jp/entry/2017/12/16/001947 曾祖父の履歴書。徐州徐州と

で、青森県庁健康福祉政策課へ資料請求した際は、3親等まで(都道府県管轄なので、各地で差があります。)とされましたが、

2017年12月の時点では、厚生労働省の場合は6親等まで調査依頼を受け付けているようです。

 

 

 

雷魚の家族 北関東某所で

おはようございます。

 

先週のエントリーに続き、雷魚の話です。

これはいずれ紹介しようと思っておりましたが、

 

2016年夏に北関東某所で実際に見た、雷魚のペアと稚魚です。

 

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黒いモヤっとしたかたまりが、稚魚の集団でした。

近づくと逃げるので、遠くからかなり拡大しての撮影なので見づらいですが…

 

ここは釣り場ではなく、ライギョ以外にも魚や水鳥が自然の状態で生活している水辺公園のような場所です。多分ですが行政か何かの管理下で、パトロール系の人も常駐してる系でした。

 

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ペアの片割れは、カムルチータイワンドジョウに見られる斑点模様があるがかなり細かく、特徴的で、

ハイブリッドかな?

としばらく思っていたのですが、

 

先日紹介した月刊アクアライフ3月号にも、

カムルチーとタイワンのハイブリッドは存在するとのことだったので、恐らくそうだったのではないかと思います。

 

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画像上部の個体はおそらくカムルチーでしょう。 

カムルチーは体長が30cmくらいになる頃には繁殖が可能になるといわれています。

大きさから見てもこのペアは、まだ若い雷魚だと思われます。

http://bankara3.hatenablog.jp/entry/2018/02/16/234642

 

月刊アクアライフに雷魚が!

おはようございます。

 

雷魚メインのブログなのに最近雷魚のことを全く書いていなかったのですが、m(__)m

 

久しぶりに紹介できる話があります。

 

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月刊アクアライフ3月号

なんとスネークヘッドが表紙を飾りました。

 

出張先でよく行く駅の中の書店で見つけました。欲しい本がなく出て行こうとしていて見つけたので、「買え!」ってことだったのだと思います。 

 

スネークヘッドって人気になりつつあるのでしょうか?

 

まあ最近よくやってる池の水を抜くテレビ番組…

あれで関西某所でライギョが大量に出たとか。

その回は見ませんでしたし、それ以降ライギョが出てくることってあの番組には無かったと思いましたが。

ライギョマンたちから苦情でもいったのでしょうか。

もし私も目の当たりにしたら苦情言いたくなると思います。

あれでも認知度が?

 

でも、特定外来種ではないですからね。

あの番組も最初の頃は「駆除」してたようでしたが、最近では外来種を飼育している施設に預けているみたいですし。

 

外来種以外にもですが、飼うなら絶対最後まで。

それはこの雑誌にもよく書いてあります。

現在特定外来種とされていない生物も、人間の振る舞い次第でどうなるかわかりません。

最近だとアリゲーターガーがそうであるように。

アリゲーターガーも何年も前のペットブームの被害者といえるでしょう。

 

 

雷魚に興味がある人たちは、この雑誌でたくさん勉強して雷魚キーパーの仲間入りをしてください(^^)

 

釣り師の方も楽しめる内容だと思います。

今シーズンオフですし、雷魚の写真たくさんで、写真集としても楽しいです。

 

内容はかなり充実していて餌、水槽の作り方、繁殖の様子(これは貴重!)、スネークヘッド種類別の性格や特徴など今まで雑誌や本では書かれなかったことが載っています。

 

売り切れる前に是非!

 

ちなみにうちの雷魚も元気に凶暴です(°▽°)笑

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【画像あり】ルパン三世の若い頃の姿

おはようございます。

 

昨日ルパン三世カリオストロの城がテレビ放送されました。

多分ですが、私にとって大人になってから見た初めてのカリオストロの城だったと思います。

感想が、あまりにも昔と違いすぎて自分でも驚いています。一言で言ったら、最後のシーンにじいさんが言う「なんて気持ちのいい奴らだろう」というのに尽きるのですけど、さわやかなセンチメンタル映画だなと思いました。希望のある終わらせ方ですよねー。

 

アニメ版ルパンは、一部マニアの間では通称「お子ちゃまルパン」というみたいなのですが、(多分原作がかなりアダルトな為)
その、「お子ちゃまルパン」に、
お子ちゃま時代の文緒はかなりハマっていて、
再放送で何回か見たのが5歳頃、
レンタル屋でレンタルしてきてまで見ていたのが小3頃。ハマっていたのはその時です。


この時ほとんどのテレビシリーズは見たのですが、ヌケがあることが最近判明。
最近はBSでのテレビ再放送を録画して、ヌケの部分をたのしみに見ていましたが、最近外付けハードが壊れまして…(マジです!) 

 

 

 

 

今のは前置きです。

先述した、カリオストロの城にもルパンが若い頃と思われる回想シーンが登場しますよね

 

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ルパンが爆発で飛ばされて、次元と五ヱ門に助け出されてベッドで寝ているときの回想シーンで、

昔、カリオストロの城に侵入し失敗して力尽きているところを、子供時代のクラリスと犬(名前忘れたわ)に発見される場面です。

 

昔らしいのですが、見た目同じです。

クラリスが今より子供なので、何年かは「昔」なんでしょうけど…

 

ちなみにルパン三世の年齢は公開されていませんが、銭形とは同じ大学とかで…

ただし、あくまで同じ大学というだけですが。

 

今回はもう一つ、ルパン三世の昔「本人談」の秘蔵映像?を見つけました。

 

テレビ第二シリーズ50、51話「私が愛したルパン」という回で、前編、後編があります。 

内容は割愛します。

 

 

 

 

 

 

 

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本人いわく、「昔」といっていましたので、年齢は不明。

なんかチャラいですね…笑!

 

ちなみにルパン三世は漫画版(原作)、アニメ版、映画版とかで、

設定がコロコロ変わります。

昔の漫画やアニメって、今みたいに外伝やOVAとかが無かった時代なので、そこまで細かくこだわっていないのでしょう。

(でも、「ルパン小僧」というのがありますね!笑)

 

漫画ならではの表現(驚いて目が飛び出たりとか爆発に巻き込まれたキャラクターの髪がアフロになるとか)がよく見られるのも古い作品の魅力ですねー。

 

 

洗った食器の置き場所を考える。

おはようございます。

 

去年なんですけど、「オシャレな人の家のキッチンにないもの」だったかっていう記事をネットで見たんですけど、

そこに、

 

「キッチンマット」

「洗った後の食器を乾かすカゴ」

 

というのが出て来ました。

 

キッチンマットは、もうだいぶ前から使っていません。

台所の足元周りに布を敷いて、果たして何の意味があるのか疑問だからです。無い方が掃除も楽です。

 

食器カゴをなくすのは、少し抵抗がありました。

 

食器カゴの方は、「食器カゴの代わりに、マイクロファイバークロスやセルロースクロスを敷いて水切り場にする。食器が乾いたらクロスも撤去するのでキッチンが広くなる」

と書いてあり、「これはいい!」と思ったのですが、

うちみたいに、一度に洗う量が多いとカゴがないと厳しいかもしれないと思ったので、

カゴの撤去は見送り。(広いキッチンは魅力的だが)

上級者の方は、竹ザルで乾かしてる方もいますねー。

本当はあれが理想ですが…。

 

 

ただ、セルロースクロスのことはずっと気になっていたので、それだけでも導入してみよと思い、

 

カゴの外側だけを撤去しました。

 

Before 

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After 

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そして下にセルロースクロスを敷きました。

今まではプラスチックのケースの底に水がたまっていましたが、

セルロースクロスだとそのまま吸い込んでくれます。

 なんと、半分にしたらちょうどいいサイズに。笑

 

食器が乾いたらこちらもエアコン前で乾燥中

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外側を取っ払ったことで、全体的に風通しが良くなったのか、

食器が早く乾くようになりました。

 

そして、使わなくなったカゴの外側は…

 

使わなくなったと思いきや、ふきんやキッチン用品の漂白用の水桶として使ってます。

だいたい何でも入るサイズでこれはこれで重宝してます。

 

 

去年仕立てた単衣と、アンティークの着物

おはようございます。

 

単衣の着物を全く持っていなかったので、昨年の秋に反物を買って仕立てに出し、

年末に出来上がってきていたのですが、

全く手をつけておらず、

本日おろしました。

 

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浜松紬

機械織りなので、そこまで高くなく買えました。

帯は間に合わせで何にでも合うので重宝してます、博多の半幅帯

 

単衣なので、着られるのはもう少し先ですねー。

 

 

天気がいいのでそのまま他の着物も虫干ししました。

黒の銘仙と赤い襦袢は、アンティーク物です。

 

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 銘仙はかなり状態が良く、多分昭和2、30年代の物だと思われますが、その頃には銘仙も廃れて来てるし、どうだろう?

袖が長いので若い人の着物だったのでしょう。

アンティーク着物はひとつのファッションのジャンルのような物で、

銘仙は出回っている物の大多数が袖の長い物。

未婚だ既婚だとか、年齢がどうのとか気にしたら着られなくなってしまうので、

アンティークに関してだけは例にならって袖が長いままで着ています。

 

赤襦袢はおそらく昭和初期頃、戦前の物と思われます。

だとしたらほぼ100年前の物ですね( ゚д゚)

じつは5000円くらいで買った物なんですが、絶対にもっとすると思います(笑)

 

古い物(特に衣類)は維持するのが大変なのでできるだけ避けているのですが、

古い着物は独特の雰囲気があり、現代物ではどうしても出せない風合いや色遣いがあるし多少無理してでも持っていたいので、虫喰いとカビに気をつけて頑張ってます。

 

 運がいいことに私は背が低く、背が低い昔の人の着物も普通に着られてしまうことが多いので。